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 梅干しの作り方

 梅干しは、作るのに手間がかかるが、私のような一人暮らしの青白いモヤシにとっては、きびしい日本の夏の暑さを乗り切るためにはどうしても必要な保存食品である。ここでは、和歌山出身の、もう中年の域にさしかかっているというのに、容色に全く衰えがみられない麗しいとある人妻の家に伝わる、伝統的なレシピによる作り方をご紹介しよう。梅とシソと塩しか使わない、全く純粋な健康食品である。これを食べれば、もうモヤシモヤシとバカにされることはない。愛の手練手管に長けた人妻であろうが、若さだけが取り柄のイケイケギャルであろうが、有無を言わせず・・・。

 まずは梅を手に入れる。青梅を漬けるという人もいるらしいが、私の教わったところによれば、青梅は梅酒にはよくても梅干しには適さぬという。梅干しに適する黄色く熟した梅は、「漬け梅」と呼んで区別されている。青梅の出回りはじめるのは早くて5月中頃から、熟した漬け梅の出回るのは、6月後半である。梅を買う時期は、その年の長期予報で梅雨明けの時期を見計らい、そのひと月程度前から作業を始められるように用意するのがよい。大阪の泉州から南の方へ行くと、スーパーでも熟度のそろったよい梅が手に入る。よい梅とは、虫のかじった穴やキズ、透明に柔らかくなって極度に熟成が進んだ部分がないものをいう。これらの傷みがあると、梅雨末期の猛暑の時期にかびが生える可能性が高くなる。また、青いものや赤いものが混じっているより、黄色く均一に熟したものがそろっている方が良い。ばら売りで選べれば、なおよい。たとえ飛び抜けてよい梅が混じっていたとしても、他の梅との間に不揃いがあっては、漬かり具合の進行の度合いが異なるので、良い結果が得られないからである。また、無農薬専門店でピュアな梅を手に入れられればそれもよいが、そこまでせずとも、キロ700円程度の露地物の梅で充分おいしく漬かる。要はかびさせないことである。

 さて、漬け梅にはあくぬきを要するものと要しないものがあって、これは店で訊くより他はない。あくぬきは、通常水に何時間か浸けて行なうが、水に浸けると梅の熟成が進む。つまり傷む方向に進むわけである。特によく管理された梅の場合、水に浸けるといたんでしまうものがあるので注意を要する。概して、黄色く熟して柔らかいものは、さっと洗うだけでよく、幾分堅いものは数時間水に浸ける。青いものになると、一晩浸けておかないと、十分に梅酢がとれないことがあり、この判断は結構難しい。私は、黄色く色のそろった、少し柔らかめの梅を選ぶようにしている。今回は理想的なものは手に入らなかったが、数時間のあくぬきで、ほぼ状態がそろった。この間に、梅を漬ける「かめ」や「押し蓋」を煮沸消毒し、乾かしておく。これらは陶製のものがよい。

 

梅を水につけると、果皮の撥水性で梅自体が銀色に光って見える。とても美しい。

 あくぬきを終えた梅は、おへその部分の「果梗」を取り除く。果梗とは、梅の実が枝についている部分のへその緒みたいなもので、これは漬けても柔らかくならないので、触感をよくするために取り除くのである。ひとつひとつ丁寧に、梅に傷を付けないようにつまようじで取り除く。この時に梅の状態をつぶさに観察し、傷んでいるものは取り除く。同時に、日本手ぬぐいで梅の水分も拭き取る。

 次に梅の塩漬けにかかる。塩は断然、粗塩がよい。塩の分量は、梅の質量の約15%くらい。これをボウルに入れて、梅にまぶしながら、かめに入れていく。梅を入れ終わったら、残った塩を、梅の上に振りかける。意識して上に残るようにした方が、梅酢の上がりが早い。そして梅の上から押し蓋をして、梅の質量の2倍の重石をする。これを新聞紙にくるんで数日間おいておくと、次第に梅酢が出てくる。途中、梅が押されて押し蓋が傾くので、ときどき馴らして均一に重量がかかるようにする。

 梅酢がかぶるくらいに出て来たら、アカシソを用意する。シソは、紫色の葉が縮れた、「チリメン」と呼ばれているものが適する。シソの分量は好みにも夜が、私は多い方が良い。1キロの梅に対して、大束で3束くらいぶち込む。余ったら「ゆかり」にしてご飯に振りかければ、これまた絶品である。とにかくアカシソはこの時期にしか手に入らぬので、多めに漬けておく方が良い。

今回は、売っているもの2束に、自分で栽培したもの(右下)を加えた。

シソは、茎についたまま流水の中でよく洗い、小1時間ほど日陰に干す。

ここで一句:♪ 初蝉や空睨みつつ梅仕事 ・・・ 失礼いたしました。

 大まかに水分がとれたら、葉のみを摘みとって一旦ボウルなどに集める。重さを量り、その15%程度の塩をまんべんなく振りかけて混ぜ込んでいく。ちょうど茶を焙ずるように(やったことはないが、そのイメージで)初めは柔らかく、塩が行き渡るように混ぜていく。私は梅を干すのに使う大きなざるの上でやるが、この方が大きく混ぜられるので、よい。

 葉が柔らかくなってきたら、少しずつ力を強めて、絞るように固めていく。塩分によって、葉の内部から水分が押し出されてきて、かなり濡れてきたら、ボウルに移して、さらに強く揉む。

 そして最後に、両手に収まる程度に小分けして、両手に渾身の力を込めて、こするようにしてあくを押し出す。茎の状態の時からは想像もできないほど嵩が低くなるのでびっくりする。こうして両手の中であくを揉み出したものを、さらにいくつか集めてあくを揉み出し、さらに全体を集めて、なお念入りにあくを揉み出しているうちに、ボウルの中はどす黒い溶液でいっぱいになり、両手は鮮やかな紫色になる。このような作業だから、これを始める前によく手を洗っておかないと、梅と一緒によく揉み出された、自分の手垢をありがたく頂戴することになる。

 ここで塩漬けのかめを開け、別のよく消毒したボウルの中に梅酢を出す。そして、小さくなったモミジソの塊をその中に入れ、柔らかくほぐしていく。すると、実に鮮やかな紫色にボウルが染まっていく。手作業の歓びを感じる瞬間である。この色が、梅干しの色を決定づける。ここでもやはり、柔らかな手つきで、シソをよく揉み、ほぐしていく。よくこなれたら、かめの梅もその中に入れ、全体をよく混ぜ、紫色の梅酢を梅によく行き渡らせる。

 これを再び、かめの中に戻していくのだが、この時、シソと梅を何層ものサンドイッチ状にするのがよい。こうして、再び押し蓋をして、今度は梅と同量くらいの重石にして新聞紙でくるみ、冷暗所に保存して梅雨明けを待つ。

 梅漬けにカビが生えやすいのは、梅雨の末期、梅雨冷えが終わって日中が蒸し暑くなってからである。この頃になると、毎日かめを開けて、中の状態を注意深く観察する。カビの出初めは、梅酢の表面にごく小さな白い膜のようなものが見られる程度である。これを発見したら、直ちに取り除き、そのまわりのシソは捨て、隣近所の梅も取り出して焼酎を吹きかける。梅そのものにカビがついたら、その梅を捨てるか、焼酎で治療する。このように、梅雨明けまでの1週間ほどは、全く気の抜けない状態になる。

 土用干しは、梅雨が明けてからしばらくして、安定した晴天が約束されてからにする。最低でも雨の全く降らない状態が、3日間は必要。日向にざるなどを出し、梅をひとつずつそこに並べていく。シソもよく絞ってざるの上に広げていく。かめにもラップをして日光浴を楽しんでもらう。梅はときどき裏返し、まんべんなく日に当たるようにする。この時ざるに梅がこびりつくようであれば、それは塩漬けの前に熟成が進みすぎた証であって、その年は諦めてもらうよりほかにない。来年から気をつけることだな。

 夕方にはかめに取り込んでまた重石をし、翌朝再び干す。これを3日間繰り返し、最後の夜は、一晩中出しっぱなしにして、夜露にあてる。夜露にあてると、梅の表面が程良く汗をかき、かめに戻した際に皮が柔らかくなる。こうすることによって全てが殺菌され、何十年も保つような見事な梅干しが出来上がる。

 土用干しには、地方や家によって、いくつかのバリエーションがある。夕方にかめに戻さず、乾いた梅を紙箱などに取り入れて、翌朝また干し、カラカラにひからびるほどに干してしまうもの。かめに戻すのを3日間とも夜明け前に行い、夜露の水分を梅に出来るだけ含ませようとするもの。また、終始一貫して、陰干しにこだわるもの。はたまた、一切干さないもの(これは梅干しとはいわんのだろうが・・・)など、梅干しにもいろいろある。また、副産物として出るシソの一部は、カラカラになるまで干してミキサーにかけると、考えただけで涎の出そうな、おいしい「ゆかり」になる。

以上が、私の楽しんでいる梅干しの作り方の全てである。これを食って事に望めば・・・もおええて。

 


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