Wendo遺作にして最高傑作Biso tozali bana ya Papa Wendo
現在、こちらで入手できます。 http://home.att.ne.jp/lemon/baobab/ 今年7/28に83歳で亡くなった「コンゴ音楽の父」Papa Wendo最新作は最高傑作にして最後の作品になってしまった。2004年に録音され、昨年ベルギーより発売されていた。愛想良く手を振る様子が、「さよなら」と言っているようで涙がちょちょ切れる。全曲新曲であり、これまでの彼のレパートリー曲は含まれていない。演奏も往年の「VictoriaほぼBankolo Miziki」であって、ドラム・セットなし、コンガとロコレのリズム・セクションに絃とホーンのアンサンブルが、非常にソフトでまろやかである。そうなのだ。これがコンゴ音楽の基本であり醍醐味なのだ。この柔らかさと丸みこそが、アフリカン・ルンバの最も味わい深い要素である。実に久しぶりに「Ndombolo」を感じない新曲を聴いた。間違いなく2008年ベスト・アルバム。
さて、これはずいぶん前に手に入れていたものだが、紹介する労力がなかったが、この機会に少し紹介しておきたい。おなじく2004年に撮影され、昨年発売されたWendo復活後のバイオグラフィー的な作品である。昨今のコンゴ音楽の凋落ぶりを憂い、50年以上の沈黙を破って音楽活動を再開する決心を固めた老Wendoのもとに、かつてのバンド・メンバーが集まってくる。50年以上も集って演奏しなかったにもかかわらず、彼等は音楽を捨てなかったのだ。この日のために腕を磨き続け、熟成してまろやかになったその音をWendoとかつてのメンバーの間で分かち合う・・・「ブエナ・ビスタ」とほぼ同じプロットだが、老練の枯れたまろやかさにおいて、こちらの方に一部の利がある。音楽が生まれ出づる悦び・・・まさに最高の瞬間である。入手先は・・・ http://www.trigon-film.org/ ところでこの日は先のCDを手に入れる事と、もうひとつ大阪へ出た用事があったというのは、長らく大阪で活動して来られたのだが、このほど国元へ帰られるドラマー・パーカッショニストのK氏のささやかなお別れの会をピリピリとともにいたそうではないかと集まったんや。「オケラが三人そろってた」ちゅうのは、たしか「素浪人花山大吉」のとある話のタイトルやったと思うんやが、あれほど非道くはないにしても男三人そろいもそろうてエエ歳こいて無職天晴、立ち飲み屋で十分やちゅうからその店の脇の立ち飲み屋へ入った。・・・んやが、カウンターにおる禿茶瓶がどないもこないも要領を得んで、ビール頼んでも「ない」、アテ頼んでも「ない」、そこに見えたあるソーセージも「ない」抜かしよってあげくの果てにはこっちの話はいっさい無視、両腕で「X」ポーズばっかりしよるから、冷蔵庫の缶ビールぐいっと空けて金払わんと出てきたった。しゃあないし缶ビール買うてたこ焼きでも食うて暖まろかゆう話になったんやが、ご老体のお二人のしょんべんが近いんで、そこのサンホールで便所借りたれとおもうたらイベントでなあ、なんと薫ちゃん・・・あやや、ややこしいことにぴりぴりも薫ちゃんやねんけど、まああっちは天下に隠れなき「カオリーニョ藤原」や。そのカオリーニョ藤原が、なんと入り口でビール売っとったんでそれを飲みつつ二人は便所へ行って、たこ焼き買うてきてそのビルの入り口の階段に店広げて宴会とした。まあ傍迷惑なこっちゃけど、ドスだけは効いとるさかい誰もよう近寄らんかった。ピリピリは例によって口がきけんから主にバイブレーターか筆談や。K師は何度も小便に立つ・・・というか降りて行きよる。ほどなくピリピリは喉の痛みが限界に来たらしく「もうあかん」ちゅうてひとり夜の街に消えて行きよった。男の哀愁や。しばらくは薄汚い野郎二人で階段で酒を酌み交わし取ったんやが、まあこれも色気のない事で目ガ座る前に二度と会う事のない男二人、さわやかにお披良喜としたちゅう訳や。まあそれだけやねんけどな。キンシャサの老ミュージシャンとは雲泥の違いちゅうやつやな。 Posted: 月 - 11月 3, 2008 at 12:56 午前 |
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Total entries in this category: Published On: 11 03, 2008 12:57 午前 |
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