「打」サミ・のち「アラブ古典音楽」


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 Epizo Bangoura



 写真とは無関係ですが、本日はJoseph Nkosiのバックで出演。




 そのあと招待券をもらっていたので常味裕司 氏率いるアラブ音楽アンサンブルの演奏を聴きに行ったが、これがマタすごいのなんのって、日本でこんなに本格的にアラブの深い「影」と「味」の出せるアンサンブルって・・・ほんまに彼等しかいないそうですわ。ワン・アンド・オンリーのすごみ。孤高の崇高さにふれた思いです。でも、じっさいこのイベントは、音楽よりもメインはベリー・ダンス。それもそのはず。会場を埋め尽くしたのは、なんと私の方にたまたま同席した友人と向こうのおっさんを含め男性はたったの数人、後は全部女性で若くてしかも美女ばかり。嘘かと思うほどにむせ返る女の匂いに若干気圧されながら、それでもステージ上のタンバリン奏者の手さばきに目を凝らす。しかし遠くて良く見えないので、途中休憩の際に空いた席を狙って「そこ空いてます ? 」て訊いただけやのに、周りの女性全員が「すざっ・・・」まさに「すざっ・・・」て感じで身構えて睨みつける。「あの・・・ここ空いてます ? 」多勢に無勢、ならば一番手前の美女に一対一で直談判、ものすごい視線の集中する中をその席へ陣取るも、あんたねえ、そんなに身構えんでもええやん、自分の席の半分以上向こういってるで。まあええわ、別にアンタら見にきたわけとちゃうんや、あのタンバリンみたいなもんが気になるんや。
 「世界一週旅行」の経由地のひとつにカイロが浮上したと思ったら、こんなカイロ伝統音楽の探究者の日本人アンサンブルの演奏会に招待されるなんて、まあ決まる時はこのように次々と決まって行くもんやねんな。いろいろカイロ事情も聞き出せたし、楽器の事もよくわかったし、なによりももっと良くわかったのは・・・あのね、全国のミュージシャン諸君、あんたらいますぐ自分の音楽とやらを捨ててね、みんなでベリー・ダンスのバッキングしましょ。なんでかゆーたらね、日本でこれが出来るのは彼等ただひとつなんですよ。しかしコンサートをやればこのように大阪だけでも大ホールが満杯になる。しかも、演奏後にホールに現れたミュージシャンに群がる美女たち・・・あのね、嘘やないんですよ、夢を見たわけでもない。なんなら証人三人立てましょか・・・イレ食いですよイレ食い、イレて食うんでっせ、イレて食えるんだっせぇ・・・ものすごい数の美女です。しかも、ベリー・ダンスというのはですよ、スルタンかカリフかハーンか知らんけど、要するにオトコを楽しませるために、オトコの願望にかなった姿態を作って踊る踊り・・・というたら言い過ぎかも知れんが、その要素は多分に多い。アンタの人生をよう振り返ってみなはれ。オトコとオンナは同じニンゲンといいながら、全く別の生き物や。同じ言葉を喋ってても、意味する事はまるで違うし、同じベッドの中で寝ていても、ほんまはナニ考えてるかわかったもんやない。つまり、だれかの歌やないけど、オトコとオンナの間には深くて暗い川があるんや。どんなに努力しても、天候次第でいつ流されるやわからんねんで、しかもそんなに美女というわけでもないのに、えらそうに「一緒に暮らしたり、何かを共有したり」やなんて訳のわからん理屈振りかざしやがって、そんな経験なんぼでもあるはずや。それがやで、このやうに若い美女たちが、このやうにオトコを楽しませる踊りを踊る事を持って生き甲斐としてるつまりそこに自分の価値基準を置いて追求してるという事はやね、これはそのままストレートに利害関係というか、思惑が一致しとるわけでしょうよ。事実、私が今度カイロを訪問しようとしていて、アラブ音楽に大変興味を持つていて、しかもパーカッションは永年やって来て・・・あたりでなんとこの私が黄色い声に取り囲まれてしもたんやで。あのね、いますぐアンタの音楽の主義やらなんやら全部捨てなはれ。ほいでベリー・ダンスのバッキングの研究はじめましょ。我々の音楽に対する情熱と技術と忍耐と・・・要するに持てる力の全てを注ぎ込んだらね、今なら日本で二番目のアラブ音楽アンサンブルが出来て・・・ソの先は、我々の努力が、性交・・・失礼、成功裏に報われるんやんけ。これが男の幸せ、すなわち価値基準を同じくするパートナーの幸せでなくていったいなんや ? これこそが音楽を奏で生活する喜びやないんか。な、だからさあ、全国のミュージシャン諸君、あんたらいますぐ自分の音楽とやらを捨ててね、みんなでベリー・ダンスのバッキングしましょ。



 会場は天王寺であった。天王寺というところは、大学に通っていた時代に毎日通過したターミナルである。コンサートが終わった後、ふと懐かしくなって、小雨の中を天王寺の街を歩いてみた。街といっても、主に乗り換えターミナルだから、そんなに繁華な街ではない。さらに貧乏学生だった私に、繁華街はなおの事縁がなかった。天王寺でよく通ったのは、「トップシンバル」という老舗のジャズ喫茶である。まさに天王寺駅の崖っぷち、線路と道路を隔てる法面に危うく立っているビルの地下にある。・・・というか、あった。つまり、行ってみたらなかったのだ。閉店したようである。かつて看板のあったところには、「賃貸募集中」の文字があった。この店、入ると強烈に硬質な大音響でジャズがかかっていた。一人で入る店である。私語厳禁の暗黙の了解があって、連れ立って入る店ではない。



 しかたがないから、もうひとつの行きつけだった「桃陰」というバーを捜す。この店は、チャージもなく、数百円でショットで飲めて、軽く食事も出来る良い店だった。しかし、酒の種類たるや厖大、一品料理の味も絶妙だった。それでも千円でおつりが来た。ここも変わった店で、玄関はまるで医院のようで、一見バーには見えない。ボトルをキープするとカードをくれるが、コレがまさに診察券だった。ここもあまり私語を好まない。BGMもない。一人でいく店である。オンナ一人での見に来るひとも多かったが、決してナンパなんかしない凛とした空気があった。しかし・・・あらら、これもなくなっていた。写真は、多分かつて「桃陰」のあった区画である。

Posted: 日 - 10月 25, 2009 at 01:06 午前          


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