オルティス・コンソート定期演奏会No.20


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 写真は、カトリック奈良教会でのリハーサル・・・ううむ・・・雰囲気満点 !! 本番の演奏結果?・・・やれるだけのことは、やった。評価も良かった。しかし、自分では納得しきれない部分もあった。ひとつは、自分自身の演奏そのものについて・・・練習の時は、全員が輪になって演奏するので、夫々の音が聞きやすかったが、横一列はつらかった。電気を使わない生演奏であるので、特にリーダーのガンバの音が聞き取りにくく、リズムの「核」を見失う局面がしばしばあった。不安の中での演奏だったので、無難な方へ無難な方へと向かってしまい、舞曲本来の持つ躍動感を表現し得なかった。これでは打楽器を入れた意味がない。音楽とのアン・マッチについて・・・たとえば「フォリア」という舞曲は「踊り惚ける」という程の意味であるが、通常クラシックのコンサートで上演される「フォリア」は、きちんと始まって楽譜の通りに演奏し、恙なく終了して拍手を貰い、礼をして終わる。これが本来の「踊り惚ける」フォリアであろうか ? ・・・という根本的な違和感は、ある。「フォリア」を演奏することと、「踊り惚ける」を演奏することとの違いはなんであろうか ? 私が「オルティス・コンソート」で演奏することの意義は、なんであろうか ?

Posted: 金 - 5月 22, 2009 at 12:58 午前          


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