ザイール・ヤ・バココ「第三の旅」


旅の計画アフリカ編



 2/18 () 大西洋を渡って翌日南アフリカのJohanesburg (JNB) に着く。あらゆる情報筋・ガイドブック・掲示板その他、ガセネタも含めて一致して教えてくれるところは、「JNBは旅行者にとって世界で一番危険な街だ」という事だ。行ってみなわからんのであるが、そうやって身ぐるみ剥がされた話も枚挙に暇がないので、君子危うきに近寄らず、音楽を求める旅であるので、わざわざ危険に身をさらす事もない。Johanesburgでは、現在そっちへ里帰りしているJoseph Nkosi君の実家を訪ねるつもりである。Josephの話によると、「SOWETOとひとことでいっても少々広うござんすたしかに貧困や犯罪で荒れたところもあるが私の家族の住んでるところは音楽家の集まるエリアであってそこかしこにあそこはかの有名ななんちゃらいうミュージシャンここはかの有名ほんちゃらいうミュージシャンというぐあいであちこちに音楽家が住んでいて近所のバーで昼となく夜となく音楽が奏でられておるのであってそれを目当てに世界中からもミュージシャンが訪ねてくるのでこの地域は外国人にも寛容で皆が楽しんでいるから犯罪も少ないのです」なるほどそれなら行かずばなるまい。しかし、最初に申し上げたようにJNBは危険であり、Tambo国際空港は公共の交通機関が事実上ないのである。ここではタクシーも信用ならず、そのままどこかへ連れて行かれて身ぐるみ剥がされる被害が後を絶たぬと言う。女性なんか、さっさと倉庫に連れ込まれて強姦されて輪姦されて、ずたずたに切り刻まれてビニールでぐるぐる巻きにされて河に流されるやろ。そう聞いてはのこのこあるきだすこともできず、さりとて諦めるにしのびがたく、では旅行者はどうしているかというと、旅行代理店か予約したホテルに頼んで空港まで迎えにきてもらう。まさに文字通りのドア・トゥ・ドア、空港出口の扉に車をぎりぎりまでつけて、バスの乗り換えもバスどうしくっつけて地面に足を降ろさずに乗り換えるほどの徹底ぶりだそうである。現地の業者も旅行者はお客様だから、そういうサービスに慣れている。有料やけどね、命には換えられんよってに。ところが、他のものは全部手配しといて送迎だけ代理店に頼むわけにも行かず、かといってインターネットで予約出来るホテルはどれもバカ高い。アフリカは、庶民物価は過劇に安いが、セキュリティがとんでもなく高い。考えさせられますな・・・と落ち着いてる余裕はないのであって、なんとかいろいろさがし回っているうちに、これまた面白いサイトを見つけた。

 http://www.bookaguesthouse.co.za/home.html

 庶民の味方はどこにでもいるもんだ。どうやらJNBという都市は、空港や都心など、匿名性の高い、人が集まる場所ほど危険で、居住エリアはそれほどでもない。南アフリカという国は、アパルトヘイト政策があった影響で、人種の違いによる貧富の格差が桁違いに大きかったが、現在でもそのインフラは残されているから、自由になった黒人たちの能力やその他諸条件の違いによって、彼等の間でも貧富の格差が広がっている。問題は、貧しい人たちが犯罪を犯さなければ生きて行けないほどの状況であって、そこに旅行者が巻き込まれる。その確率が高いので、余計旅行者は緊張し、敬遠し、素早く立ち去って安全なリゾートへ逃げる。従って食えない貧困者はさらに犯罪に走るのである。南アフリカは自然の宝庫であり、一般の旅行者の主たる目的は、アパルトヘイト後の彼等の国の事でも、南アフリカ人の事でもなく、自然を満喫するためのツアーや、リゾートやサファリを楽しむツアーである。国自体は先進国並みに発展を遂げているので、バックパッカーの旅行の対象になりうる。そこで上のようなサイトの必要性が、徐々に出来てきたという事であろう。コンゴもはよそこまでいってほしいねんけどね。そんな中で私が目星をつけたのは、このゲストハウスである。

 http://www.sowetobackpackers.com/

 SOWETO内にあって、その区域の自立のために観光客にも入ってもらって彼等と生活をともにするというコンセプトのようだ。南アフリカの場合、観光客の多くは、現在の南アフリカ人、もっといえば黒人を避けている。しかし、徐々にそうではない旅のあり方を模索する動きも始まっているようで、これはなかなか面白そうだから、早速予約した。やる気のある店は返答が早い。しかも英語ばりばりであるので、余計話が早い。Josephの名前を出すと一層早くなって、到着前から花火大会してしもた。で、件の空港送迎の件も問い合わせてみたら快諾してくれた。しかも、安い !! これに気を良くしてJNBに3泊して日曜のゴスペルまで楽しんで、翌月曜日に、いよいよアフリカの旅のメイン・イベントKinshasaへ乗り込む。
 2/22 (月) コンゴ民主共和国 (RDC) Kinshasa (Kin) 到着。まずは奥地への旅の手配をはじめる。去年6月の旅の計画段階では陸路あるいは航路移動を考えていたのであるが、今回は少々時間がない。滞在予定は一ヶ月。船が出なかったり、道路が水没したりすれば、平気で2週間身動きの取れない国である。今回の奥地への旅の後半はMbandaka- Kin間フェリーの河下りであるので、この部分だけでうまくいって一週間、船待ちや事故があったらほんまにどうなるやわからん。そこへたどり着く前にヤバい橋や水たまりで足すべらしとったら絶対ジャガイモの植え付けに間に合わへん。その辺の状況がどうかと調べはじめたのだが、まあ予想通り情報はほぼ皆無。現地旅行代理店として名の上がっているところへメールしても梨の礫・・・でもね、ホームページを持っている代理店があったので、喜び勇んでアクセスしてみると・・・

 http://www.gocongo.com/

 「コンゴ (RDC) は普通の旅行者の目的地やおまへん。ちょっと二週間ばかり休みに行こかちゅうて行くひとはおまへん。コンゴは、自然や地方の文化を活動的に体験し、躊躇なく泥沼に足を踏み入れ、地元の食べ物を食べる人たちための場でおます。ロッジで冷たいビールやコカ・コーラやウィスキーのオン・ザ・ロックを傾けながら20チャンネルのテレビジョンを見たいんやったら、どうぞよその国へ行っとくなはれ」て書いたある。旅行代理店からしてコレや。ええぞええぞ。画面上のどのリンクをクリックしてもどこへも飛ばへん。ええぞええぞ。メール・リンクも繋がってへんから、コピペしてメール送ってみたけど返事すら来えへん。これや、これでないといかん。コンゴはこれでないとあかんのや。やっぱりコンゴ大好きコンゴ。・・・て、ほんな事喜んどるばやいやない。どない考えても時間は限られてる。しかし行きたいのは行きたいのでここはぐっとこらえて空を飛ぶなあ。

 http://www.maluaviation.com/

 Mbandakaまでの行程のほぼ3/4をずるこいけどワープさしてもらお。Lac Mayi-Ndombeという湖の真ん中よりちょい北にInongoという街があって、そこへこんなヒコーキが飛んどる。週2便あっていちまんえんちょいやから、もうええわ、行ったれ行ったれ !! InongoからはMichelinの地図によると湖の北の端の街Boliaまで航路が出てる・・・はずや。まあ庶民が生活のための移動手段はどこにでもある・・・やろ。そこからは、こらもうヒッチするか歩くかしかしゃあないねんけどな、まあ上の「イケイケコンゴ」が言うたはるように、泥沼に足突っ込んで、樹になってる果物食べて、数日でLac Tumbaという湖に到達する・・・かもね。そこにはBikoroという美しい街があって、ここにはCRPEという環境保護団体が活動してて、これは日本の京大のサル学部の人たちも関わってるらしいねんけど、それ見てみるのんも楽しそうや。ここまできたらサクセス・・・やのうて、観光ルートにはいるから、まあサクセスやな。ここまでの数日間が、今回の旅のアフリカのメイン・ディッシュや。

 http://carpe.umd.edu/

 そこからMbandakaまでは大した事ないやろ。滞在中に必ずや上質のロコレをひとつふたつ手に入れておきたい。MbandakaからKinまでは、これはもう神のみぞ知る、ていうか、河のみぞ知る・・・の世界やね。河を行き交う巨大交易船に乗って、雄大なコンゴ川をゆったり下る船旅・・・船上で繰り広げられるマーケット、連日のスコール、夜通しのライブ・・・当然毎日ドラム・セットに座らされるのは目に見えてますわなあ・・・そのかわり座礁して転覆して河の藻屑になる可能性も・・・わりとある。わりとね・・・
 さて生きてKinに戻れたら、ちょっと西へ行っときたい。まずはKisantuという街に大きな植物園があって、「イケイケコンゴ」の警告にも関わらず、ここでのんびり観光を楽しみたいもんですな。コンゴを観光旅行なんて素敵じゃない? ほいで、KinでAngolaのVisaが取れればの話やけど、Matadiへ向かう中間の街Songololoからタクシー・ビスで南下して古代コンゴ王国の首都、またの名をSao Salvador do Kongoいまの名をM'banza-Kongo、国境からほんの50kmばかり南に入ったに過ぎない場所だが、かなり行きたい是非行きたい。去年の計画段階ではね、ここへ行く事にこだわりすぎて行き詰まってしもた経緯があるんやが、今回はほぼ諦めてる。アンゴラに住むコンゴ人の友人に訊ねても、イロの良い返事はないし、ミュージシャンに聞いてもAmazonかYouTube検索した方がええで、なんていうとるし。まだ時期尚早かなあ・・・
 3/22 (月) ・・・という思いを多分残しつつKinshasaを離れ、Johanesburg経由でCairoに向かうのである。ここから先はまだあんまり調べてない。Cairoは空港から都心も近くて問題ないし、オペラ座がすぐ近くにあって、メイン・ホール以外でも周辺で毎日一杯音楽やってるから難はない。三日ほどベリー・ダンス美女と甘い夜をともにしてから・・・
 3/25 (木) ・・・Lisbonへ到着。ここもまだよく調べてないけど、ポルトガル語圏アフリカ諸国であるCabo VerdeやAngolaのミュージシャンがライブしてる店の何件かには、当たりをつけてある。また彼等の楽器、特に1メートルほどあるギロ (Di-kanza) を是非手に入れたい。それから、折角Lisboaへ来たのだから、Fadoをいくつか聞いてみたい。とくに盲目のストリート女性歌手Dona Rosaは、まだ通りで歌っているのか・・・
 3/28 (日) いよいよ旅の最終目的地Istanbul到着。もはや打ち上げである。世界三大料理のひとつトルコ料理を食べ歩き、バザールで現地生産のハンド・メイド・シンバルを買いあさる。なんも考えんとぶらぶらふらふらして旅の最後を飾りたい。
 4/01 (木) 関西空港に帰着。生きてたらね・・・

Posted: 日 - 11月 15, 2009 at 12:27 午前          


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