地歌 里の暁


松浦検校作曲・浦崎検校箏手付 二上り・平調子

梓弓、射る方ゆかし夕月の、匂へる春も橘の、
夏来にけらし一声は、山ほととぎす啼きすてて。
あやめも知らぬうばたまの、闇夜を照らす蛍火の、
その影さへもかげろうの、たちまさりたる思ひ寝の、
亡き魂 (たま) 返す
(手事)
もろこしの、その故事(ふること)のしのばれて、
空だきならぬ煙の末も、妙にかほりし雲の端の、
いづち行くらん短夜(みじかよ)の空。

 「梓弓」・・・いきなり核心ついてきよったな、「梓弓」ちゅうのはビリンバウのことで、これは世界中に分布する弓状の楽器のことである。これについて詳しくは、

http://homepage.mac.com/jakiswede/2music/23equips/732ngongo/7320ngongo.html

 ここに書いたんで参考にして下され。ビリンバウは日本にもあり、東北地方の「梓巫女」と呼ばれるイタコさんが口寄せする時に激しく叩いた弓状の楽器のことを「梓弓」という。もっとも、ビリンバウのように共鳴胴がつく以前の形で、もっぱら自分の口を共鳴胴として用い、口の開け閉めや呼吸によって、様々な音のニュアンスを得た。これは、アイヌのムックリの演奏法に通じるものがある。さてこの歌は、亡くなったひとへのオマージュであって、その冒頭をたんなる「弓」とせずに、このような意味を持つ「梓弓」を持ち出しているところに、この歌の業の深さがある。その弓を射るような夕月というが、夕月は三日月のことであり、沈む太陽の後を追うようにしてすぐに沈んでしまう儚さ、亡き人を口寄せしてくれるという梓弓を持ち出してまで射止めようと強く決心しても、かなわずに沈んでしまうつれなさを表している。橘の花が咲くのは5月頃なので、その近辺で三日月の観測できるのは、年にもよるが2008年の場合5/7と6/6であるが、ホトトギスが中国大陸から飛来するのは、おおむね5月の中旬以降のことであるから、この三日月は忙種のころ今年ならば6/6の三日月ということになる。梅雨の前半ですな。そうした橘の花の香りもホトトギスの初啼きも、蛍の光も、自分の心を見透かしてか儚く過ぎ去るそのありようは、まさに陽炎のごとくあり、その立ち上る夢の中に亡き人の面影が現れて、ああ、梓巫女がダメならば、亡き人の魂を呼び戻すという中国の古い言い伝えを忍んで、空 (「唐) 焚きの煙」の香りに感じ入ったりしてあれこれ由なしごとを思い悩むうちに、夏の短夜は儚くも明けてきてしまった。という女の切ない想いであることよのう。

Posted: 土 - 9月 20, 2008 at 01:48 午前          


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