NHKラジオ「お楽しみ演芸特選」放送終了


楽しみを奪われるのはリスナーである。

 NHKラジオ「お楽しみ演芸特選」が昨日の放送で終了した。もともとこの番組は、昨年の今頃にそれまで同時間帯に「ラジオ名人寄席」という番組の司会をしていた玉置宏氏が、番組で著作権に問題のある音源を使ったことがわかって自ら降板した後を引き継いで、NHKの音源だけを使って放送されていた番組である。番組終了の告知も、インターネットのNHKの番組表に記されているだけで、番組ホームページにはなんの言及もなく、放送本編でも全く言及がなかった。番組が終わってから、短く別の声で「本日をもって終了します」と伝えられただけだった。永年の人気番組を引き継いだ番組の終幕としては、余りにもお粗末ではないか。落語を愛し、永年研究してきた玉置氏が収集して来た音源と、NHKが所蔵している音源とでは、おそらく質量ともに雲泥の違いがあったのだろう。また新たに司会に起用されたのがNHKのアナウンサーで、いくら勉強しても玉置氏のキャリアに追いつけるはずもなく、その解説は、失礼ながらぐっと聞き劣りするものであった。かつての「ラジオ名人寄席」は、解説が面白いから全編録音していたが、「お楽しみ演芸特選」では、落語本編しか残していない。NHKに関しては、たしか10年以上前のことだが、当時水曜日のこの時間帯に放送されていた民謡番組でも同じようなことが起こった。竹内勉氏という民謡研究家が番組の司会をしていて、番組ではレコードなどの音源だけでなく、氏が全国を歩いて直接現地録音されたものも多くかけられた。それは、この番組でしか聞く事の出来ないものだった。氏は、民謡の多様性を説き、大ホールで催されるのど自慢大会が日本の民謡を滅ぼすと力説しておられた。地域や環境によって、やり手もやり方も多様だからこその民謡なのである。それを大ホールなどで、共通のプロの三味線弾きなどをバックに、入れ替わり立ち替わり全国の民謡を歌う奴らが出てくる民謡大会などで、本当の民謡が育つ訳がない。正論である。しかし、いまでは「民謡を訪ねて」というピーヒャラスチャラカしたあんぽんたんな民謡番組が残り、氏の番組は消えた。この番組が中止される数年前から、大阪では地域特別番組がこの時間帯にかかり、関西では聞けなくなった。全国ネットで聞ける番組が、関西だけ聞けなかったのである。このマルチメディアの世の中で、関西ではこの番組を聞くという選択の自由が奪われた。この番組が廃止されたことも知らなかった。もっと古くは、かの民族音楽学者の小泉文夫氏の「世界の民族音楽」があった。これも氏のフィールド・ワークが基本となっていて、身を以て体験したことから発せられる解説は、実に貴重なものだった。氏の死後、番組は教え子に引き継がれたが、フィールド・ワークに基づく生き生きとした話は聞かれなくなり、いつしかこのジャンルを扱う番組も消えた。彼等、古き良き番組解説者を「硬派」と呼ぶならば、いま音楽番組に於いて「硬派」と言えるのは、バロック音楽専門家の皆川達夫氏しか思い浮かばない。しかし、氏の唯一の番組「音楽の泉」は、なんとAM放送である。このように、NHKは体を張って音楽や芸能に取り組む研究者に対して、まったく見る目を持っていないと言わざるを得ない。もちろん小泉文夫氏は別だが。こうした処遇によって、楽しみを奪われるのはリスナーである。著作権を守ることは大切だ。しかし、だからといって降板したり多様性のある番組を廃止したりすることは、それら芸術を博物館の倉庫へ押し込めることに他ならない。芸術は共有されてなんぼのもんや。著作権の争いや、メンツの張り合いなど、リスナーの見えないところでやっていただきたい。そんなしょーもないごたごたはお前らで解決して、我々リスナーには価値ある多様性に富んだ番組をきちんと提供することの方が、日本の放送文化にとってよっぽどプラスになる。玉置宏は降板することによって道義的責任を果たしたつもりかも知れないが、責任を果たすのならばファンの要望に応えることによって果たされるべきである。それによって起こる問題を自分で塞き止め、あくまでも番組を維持することこそが、落語の将来のためである。良識のある番組がどんどん減り、耳障りなしゃべりの多いFM番組などを増やすばかりでは、もはやNHKに用はない。

Posted: 月 - 3月 9, 2009 at 01:37 午前          


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